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米軍との火器量の差は歴然であり、日本軍はいよいよ追いつめられていた。本土からの援軍はもはや期待できず、孤立する。
アメリカの進撃は止まらない。
砲撃、爆音、黒煙。
火薬の匂いと血の匂いが混ざり、そして、肉の焦げる匂いが辺りを包む。
虚しい抵抗は続く。



「おい、貴様。どこの部隊だ?」
洞窟の入り口でサーベルを突きつけられた。
襟の階級章に目をやる。
「佐々木隊であります。」
直ぐさま相手が自分よりも階級が上であることを察知し、踵をそろえ背筋を伸ばすと敬礼をした。
「他の奴らはどうした。お前一人か?」
「砲弾を浴び、ほぼ壊滅。上官も戦死されました。」
一等兵は、自分にスパイではないかと疑いを向けられているのがわかった。
「軍曹殿はどちらの隊なのでありましょうか。」
「お前ごときに答える必要は無い。おい、水を調達して来い。」
水筒を押し付けられる。水の湧く場所はすでに米軍によって攻撃を受け、近寄るのは困難だった。それを知った上での命令であり、ここで過ごす条件なのだ。
洞窟の奥に人影。兵士ではない。薄暗い中目が慣れると、住民であるのがわかった。
十人ほどが、足を伸ばすのがやっとの広さの中で、息をひそめながらじっと踞っている。
突然、甲高い鳴き声が洞窟内に響く。
赤ん坊がぐずり出したのだろう。母親は周りの住人達に「すみません、すみません」と何度も頭を下げながら、泣き止むよう我が子をあやす。
ろくな栄養も取らず、乳が出るはずも無い。そうと知りながら、女は自分の乳房をふくませた。
明らかに周りの人々は、迷惑だ、ここから出て行けと言わんばかりの睨みつける視線を母子に向ける。
「おい、早く行け。」
軍曹は一番近い水源への道筋を説明すると、一等兵を追いやった。


洞窟から出ると、再び緊張の糸を張り巡らせる。
軍曹の説明では、ここからそう遠くはないだろう。もしかしたら、まだ米軍の掌握していない場所かもしれない。
小銃を構え直し、木々を抜ける。
どれくらいの時間歩いただろうか。ここではもう時間の感覚すらも曖昧になってくる。
軍曹の言った通り、岩穴から湧き出る水場を見つけた。きっと洞窟の住民が教えたに違いない。二人分の水筒に水をいっぱいに満たすと、洞窟まで帰路についた。


「水を調達して参りました。」
水筒の一つを手渡す。軍曹は黙って受け取ると、ぐいっと冷たい水を飲み、乾きを潤す。住民はそれを横目で眺めながら、しかし自分たちに分け前が無いと知るや、一等兵に視線を移した。
欠けた湯のみに水を分けてやる。それを住民達は少しずつ口に含み、みんなで回し飲んだ。
先ほどの母親が、体を横にしているのが目に入った。
「あなたも水をどうぞ。赤ん坊にも与えてやるといい。」
一等兵は水筒の水を差し出した。
母親は顔を上げると、虚ろな眼差しをよこした。赤ん坊の姿が見当たらない。
周りを見渡した。住民の誰もが目を合わせようとしなかった。
一等兵は直ぐさま赤ん坊の行く末を悟った。赤ん坊の泣き声は、敵に居所を知らせてしまう。
母親の後ろにくるまれた布の隙間から小さな腕がのぞいていた。
母親は布のくるみを抱き締めながら、声を殺して泣いていた。


「軍曹殿。他の隊と合流し、北上いたしましょう。」
「いや、ここで総攻撃まで待機するのが良かろう。」
一等兵は眉を寄せた。ここに居れば、いずれ米軍に包囲され、身動き取れなくなってしまう。今のうちに移動するのが得策なはずであった。にもかかわらず、その提案を退けるとは。
その時、地響きとともに天井が揺れた。岩砂が落ちる。米軍の攻撃が始まった。・・・まだ遠い。
まず住民を移動させる必要がある。老人や女子供は足が遅い。早めに発つようにしなければ。
軍曹のサーベルが先を塞いだ。
「勝手な真似は許さん。」
「お言葉ですが、住民は避難させるべきです。」
「一等兵ごときに指図される筋合い無いわ。」
再び砲撃の地響きが洞窟を揺らす。
近い。
「軍曹殿。敵は近くまで迫っております。」
「貴様、見て来い。」
一等兵は銃器を構えながら、入り口付近へと移動した。爆音が止み、辺りは静まり返っている。
草が揺れた。
一等兵は直ぐさま腰を屈めた。呼吸が速くなる。乾いた唇を舐めた。
木の間を黒い影が動いた。さわさわと草が揺れる。
最初に銃を放ったのは相手だった。それを合図と一等兵も応戦する。じりじりと後退しながら、洞窟の入り口まで辿り着くと、軍曹へ向かって叫ぶ。
「軍曹殿!包囲されています!」
援護を、と言葉を続ける前に、軍曹は自らの上着を脱ぎ、「お前の上着をよこせ!」と力任せに上着を引きはがそうとした。
「軍曹殿!」
「お前が軍曹だ!」
もみ合っている暇はない。たった今軍曹にされた一等兵は、急いでサーベルを投げ捨てる軍曹を尻目に、小銃を担ぎ直し応戦に向かった。
這いつくばりながら、動くもの全てに向けて撃ちまくった。
敵の砲撃音も、銃音も、自分の放つ奇声も、全ての音が遠のいていく。スローモーションのように全てがゆっくりと動き、視界が白んでいく。
弾がこめかみをかすめた。
それすらも、自分のものでないような意識が遠くから眺めているような感覚だった。
痛みすら感じず、死へ向かうということだけが自分に理解できた唯一だった。
遠くで軍曹が叫ぶ。
「俺は一等兵だ!」
住民を盾に、白い布を振りながら両手を上げて洞窟から出てくる。
戦犯逃れの、あれは遊兵だ・・・
軍曹の頭が大きく揺れた。左の耳の辺りから肉の塊ごと血飛沫をあげながら、体が崩れていった。



次に目を開けたのは看護婦がガーゼを取り替えているときだった。
幸いかすり傷ですんだせいか、肩から蛆を覗かせている者や足を切断して血をにじませている周りの負傷兵たちのように命に関わるような大けがではない。
起き上がり、鉄線の向こうへと目をやる。
小さな赤ん坊をあやす母親の姿があった。洞窟の女性であろうか。いや、違う。薄暗い中であったため、女性の顔も曖昧な記憶でしかない。
大きな泣き声が響く。
もうここでは、口を塞ぎ声を気にする必要も無い。
全ての音が戻る。
この先を生きる、確かな音だった。






08/16|掌編小説コメント(6)トラックバック(0)TOP↑
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